
小幡小平次の怪談|幽霊役者が本物の幽霊になる、『復讐奇談安積沼』の恐怖
幽霊の芝居だけが驚くほど巧みだった旅役者が、妻とその密通相手に沼で殺され、やがて本物の幽霊となって二人の前に現れる――小幡小平次の物語は、江戸時代後期から歌舞伎や小説に姿を変えながら語り継がれてきた。「幽霊を演じる役者が、本当の幽霊になる」という入れ子構造は、同じ江戸の怪談として知られる四谷怪談や牡丹灯籠とはまた違う怖さを持っている。作品としての物語と、実在の影を、分けて整理してみたい。なお表記は「小幡」「木幡」、「小平次」「小平二」と揺れがあり、作品によって異なる。
山東京伝が描いた『復讐奇談安積沼』
小平次の物語が一つの形になった最初の作品とされるのが、山東京伝の読本『復讐奇談安積沼』(1803年刊)である。見返しや内題には「小幡小平次死霊物語」とも記されている。研究によると、この作品は安西喜次郎が東国で行う仇討ちの話と、小平次の怨霊譚とを組み合わせた構成になっている。あらすじを整理すると、小平次は顔が幽霊に似ていたことから幽霊役で評判を取り、「幽霊小平次」と呼ばれた旅役者だった。後妻のお塚は鼓打ちの安達左九郎と密通しており、左九郎は小平次を安積沼の釣りに誘い、船から突き落として溺死させる。江戸に戻った二人の前に小平次の霊が現れ、左九郎は発狂して死に、お塚も非業の死を遂げる。小平次の霊は沼にとどまったが、後に尼僧の教化で成仏したとされる。
「幽霊役者」が本物の幽霊になる怖さ
この物語の特徴は、小平次が「幽霊を演じる役者」であることだ。語りの中には、左九郎が家に戻ると小平次が寝ており、本物の幽霊なのか、役作りに熱心な小平次が演じているだけなのか判別できず、錯乱するという場面が出てくる。虚構と現実の境目が揺らぐ恐怖が、この怪談の核になっている。葛飾北斎の『百物語』には、蚊帳の外から寝ている二人をじっと見つめる小平次の姿が描かれている。歌舞伎の世界では、恨みを抱いた死者を演じる際に、演目ゆかりの墓に参るなど霊を慰める慣習があるとされ、小平次の話をすると怪事が起きるという言い伝えも語られた。ただしこれは芝居全般の慣習であり、小平次に限った話ではない。
鶴屋南北から現代まで、形を変えて生き延びた
京伝の作品を受けて、1808年(文化5年)には鶴屋南北が『彩入御伽草』を江戸市村座で上演した。京伝作とこの作品で、今日の小平次物の大筋が決まったとされる。初演の月は資料によって異なり、閏6月とするものと5月とするものがある。南北版で小平次がどのように描かれたかは、今回の調査では確認できなかった。その後も、嘉永6年(1853年)には幽霊の宙乗りを描いた錦絵が残る「怪談木幡小平次」が上演された。近代では鈴木泉三郎の戯曲『生きてゐる小平次』(1925年初演)、映画やテレビドラマにもなり、京極夏彦の小説『覘き小平次』(山本周五郎賞受賞)では、殺される側の物語から、覗く側の物語へと解釈が変わっていった。『東海道四谷怪談』の小仏小平が、小平次をモデルにしているともいわれている。
実在した役者だったのか
では、小平次は実在したのか。創作上の人物ではあるが、モデルとなった役者がいたとする説がある。根拠とされるのが、山崎美成の考証随筆『海録』(文政3年から天保8年にかけて執筆)の記述だ。そこには実在の旅芝居役者「こはだ小平次」が登場し、芝居の不振を苦に自ら命を絶った。妻を悲しませまいと友人に死を隠してもらったが、真実を明かそうとした友人の周囲で怪異が起きた、とされる。京伝の作品が描く殺害とは大きく異なる点が興味深い。別の説として、小平次の妻が密通相手に下総の印旛沼で沈められたという話もあり、京伝はこの説から沼での水死という筋を考えたのではないか、という推測もある。ただし『海録』は小平次の没後かなり経ってからの考証随筆であり、一次史料ではない。実在を裏付ける同時代の資料は、確認できなかった。
舞台となった安積沼
舞台とされる安積沼は、現在の福島県郡山市付近にあった沼で、古今和歌集などに詠まれた歌枕として知られ、「花かつみ」でも有名である。松尾芭蕉が1689年に訪れたとされる地でもある。福島側に小平次の碑や塚、供養があるかどうかは、確認できなかった。現地に伝わる話であるかのように書くことは避けたい。
オカルト研究室室長の考察
小平次の物語は、史料の薄さがそのまま魅力になっている。実在の役者がいたのかどうかはっきりしないまま、京伝、南北、近代の劇作家や小説家たちが、そのたびに違う小平次を生み出してきた。幽霊を演じることを生業にした男が、最後には本物の幽霊として語られる。演じることと、演じられることの境が曖昧になっていく感覚は、芝居という世界を生きた人々にとって、いっそう切実な恐怖だったのかもしれない。
都市伝説や妖怪、心霊現象、未確認生物、歴史に残る不可思議な出来事を探究するオカルト愛好家。噂をそのまま紹介するだけでなく、伝承が生まれた背景や史実、科学的な説などを調べ、さまざまな角度から考察しています。信じる・信じないだけでは終わらない、オカルトの奥深さと面白さをお届けします。



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