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「浅茅が宿」とは

「浅茅が宿」とは?宮木の霊と真間の手児奈伝説、吉備津の釜との違い

七年ぶりに戻った夫を、妻は昔のままの家で迎えた。ところが翌朝、目を覚ますと、家は荒れ果てたあばら家になっていた――。上田秋成の『雨月物語』に収められた浅茅が宿は、日本の怪談のなかでも、とりわけ静かで悲しい物語として知られる。恨みを晴らす幽霊ではなく、ただ夫を待ち続けた妻の霊が語られるからだ。あらすじを確認しながら、典拠や、舞台とされる真間の伝説、そして同じ『雨月物語』の「吉備津の釜」との対比を見ていきたい。

『雨月物語』と「浅茅が宿」

『雨月物語』は、序文が明和5年(1768年)の日付で、安永5年(1776年)に刊行された。全9篇の怪異小説集で、「浅茅が宿」は3番目に置かれている。作者の上田秋成は、1734年に大坂で生まれ、1809年に京都で没したとされる。幼いころに病で指が不自由になったことが、号の「剪枝」の由来だという解説がある。初版には秋成の名はなく、「剪枝畸人」の名で刊行された。なお序文の日付と実際の執筆時期については、後の火災のあとだったとする推測もあり、はっきりしない。

物語のあらすじ

舞台は下総国葛飾郡の真間の里。農を怠って家を傾けた勝四郎は、絹の商いで身を立てようと京へ上ることを決める。妻の宮木は止めるが、勝四郎は「秋には帰る」と約束して旅立つ。ところがその後、関東は戦乱に巻き込まれる。作中の時代は15世紀中ごろの、いわゆる享徳の乱のころとされる。勝四郎は京で商いに成功するものの、帰路で盗賊に荷を奪われ、近江で病に倒れて世話になり、故郷へ戻れないまま約7年が過ぎてしまう。

ようやく真間に帰ると、荒れた里のなかで、家だけが昔のままに建っていた。宮木が現れ、二人は一夜を共にして語り合う。だが翌朝、勝四郎が目覚めると、宮木はおらず、家は荒れ果てている。やがて床下に塚があり、宮木の歌が残されていることに気づく。「それでも帰ってくると信じる心に欺かれて、今日まで生きてきた命なのか」という趣旨の歌である。

翁の語りと、真間の手児奈

勝四郎に事の次第を語ったのは、里に残っていた漆間の翁だった。勝四郎が去った年の夏から戦乱が起こり、里人は逃げ、若者は兵にとられた。宮木は約束を信じて家を出ず、その年の八月十日に亡くなったという。翁は自ら土を運んで塚を築いたが、文字が書けず、寺も遠かったため、戒名も没年も記せないまま五年が過ぎていた。なお、宮木の死因は原文では明示されないと指摘する論文もある。

この語りのなかで、翁は昔の真間にいた手児奈(手児女)の話に触れる。多くの男に慕われた美しい娘が、入り江に身を投げたと伝わる『万葉集』以来の伝説である。市川市には、手児奈の墓所とされる場所に手児奈霊堂があり、安産や子育て、縁結びの信仰を集めているという。研究者の古舘亜佳里氏は、秋成が翁に手児女の話を語らせることで、宮木を貞女として際立たせたと論じている。

元ネタと、秋成の工夫

典拠については、中国の怪異小説集『剪灯新話』の「愛卿伝」とする説が有力で、浅井了意の『伽婢子』も参照されたとされる。ただし、部分的な表現の一致に依存した説だとして、批判的に見る研究者もいる。ちなみに、一部の事典には、『奇異雑談集』に「浅茅が宿」と同じ原拠をもつ類話があるとする記述があるが、両者の直接の関係は確認できていない。古舘氏の整理では、秋成は再会と共寝の場面の順序を入れ替えるなど、原話に手を加えているという。

「吉備津の釜」との違い

同じ『雨月物語』の「吉備津の釜」では、裏切られた妻の磯良が、激しい怨みで夫を呪い殺す。これに対し、宮木はただ約束を信じて待ち、再会を果たして消える。ある論文は、宮木を愛惜をこめた「愛恨」の霊、磯良を憎悪と結びついた復讐の霊と対比している。「待つ霊」と「祟る霊」というのは、この見方を私なりに言い換えたものだが、二つの篇を並べて読むと、秋成が描いた女性の霊の幅の広さがよく分かる。

映画『雨月物語』へ

この物語は、20世紀にも新しい命を得た。溝口健二監督の映画『雨月物語』(1953年)は、「浅茅が宿」と「蛇性の婬」の2篇を原作に脚色したもので、第13回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受けたとされる。ただし、映画の時代設定や人物名は原作と異なり、物語の骨格を借りた別の作品として見るのがよいだろう。

オカルト研究室室長の考察

「浅茅が宿」の怖さは、幽霊が出る瞬間ではなく、朝になって家が荒れ果てていることに気づく瞬間にあると思う。再会の夜の温かさが、本物だったのか幻だったのか、読み手には分からない。ただ、勝四郎が悔やんだのは、秋に帰ると約束しながら、帰れなかったことだった。約束を守れない事情は、いつの世にもある。晩秋の夜長に、七年という時間の重さを思いながら読み返すのも悪くない。なお、本稿は現代語訳や論文の紹介をもとにしており、注釈書の原文は読めていない。詳しく知りたい方は、岩波文庫などの校注本もぜひ手にとってほしい。

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