
ヒバゴン騒動の真相―1970年代の日本版ビッグフット伝説
1970年、広島県の比婆山地に突如現れたという類人猿型の未確認生物「ヒバゴン」。全国的な大騒動を巻き起こしたこのUMAは、一度は姿を消したものの、近年になって再び目撃情報が相次いでいるという。今回はこのヒバゴンについて紹介したい。
目撃証言に共通する姿
「ヒバゴン」という名前は、目撃地である比婆郡(現・広島県庄原市)に、怪獣を示す接尾語「ゴン」を組み合わせた造語だ。目撃証言によれば、身長1.5〜1.65m、体重約85kgほどで、全身が黒っぽい体毛に覆われ、頭部には剛毛が逆立ち、額に深いシワが刻まれた逆三角形の顔をしていたという。ゴリラやニホンザルに似た外見でありながら二足歩行をするという証言が多く語られている。
1970年、突如始まった目撃騒動
最初の目撃は1970年7月、旧西城町(現・庄原市西城町)でトラック運転手が遭遇したことに始まるとされる。同年8月に地元紙が「類人猿騒ぎ」として報じたことをきっかけに全国的な注目を集め、1974年10月までの間に計29件の目撃が記録された。特に1970年12月には吾妻山周辺だけで12件の目撃が集中し、雪原には正体不明の足跡も発見されたという。
役場に「類人猿相談係」誕生
殺到する問い合わせに対応するため、1971年4月には旧西城町役場に「類人猿相談係」という部署が新設された。目撃者には迷惑料として5千円が支給され、地元の小学校では集団下校が実施されるなど、地域の日常生活にも影響が及んだ。
全国を巻き込んだ過熱報道
当時は「夕方のニュースの時間になると町中が静まり返る」と言われるほど連日全国ニュースで報じられ、報道陣が目撃者の自宅に殺到する過熱ぶりを見せた。1974年8月には写真撮影に「成功」したという報告もあったが、写真は不鮮明で専門家からはサルまたはクマと判定され、目撃者本人も後にサルだったと証言を修正している。
正体をめぐる仮説
正体については、動物学者から「大きさを除けばニホンザルそのもの」であり、群れから離れた老齢個体が人里に現れたのではないかとする見解が示されている。ツキノワグマの誤認説も有力視される一方、地元では「熊が出るのはもっと山奥で、目撃地点には熊の餌がない」との反論も根強い。日本には野生の大型類人猿はそもそも生息しておらず、何らかの動物の見間違いだったとみるのが専門家の大方の見方だ。
一度は幕を閉じた騒動、そして令和の「復活」
1975年3月、町役場は「ヒバゴン騒動終息宣言」を発表し、一連の騒動にいったん幕を引いた。ところが2024年頃から目撃情報が数十年ぶりに再燃し、2025年には「類人猿相談係」が半世紀ぶりに再始動、初代担当者が相談役を務めるという異例の展開を見せている。目撃地を巡る探検ツアーも企画され、静かなブームが再び訪れているようだ。
今も愛される町のシンボル
現在の庄原市では、ヒバゴンは恐ろしい怪物ではなく親しみやすいマスコットとして定着している。ヒバゴン音頭やヒバゴン饅頭、キャラクターグッズなど、地域おこしのシンボルとして幅広く活用され続けている。
オカルト研究室室長の考察
半世紀の時を経て役場の「相談係」までもが復活したという事実は、正体の真偽以上に、この土地がヒバゴンという存在をいかに大切に語り継いできたかを物語っているように思う。恐怖の対象から愛されるシンボルへ――その変遷自体が、この物語の一番の魅力なのかもしれない。
都市伝説や妖怪、心霊現象、未確認生物、歴史に残る不可思議な出来事を探究するオカルト愛好家。噂をそのまま紹介するだけでなく、伝承が生まれた背景や史実、科学的な説などを調べ、さまざまな角度から考察しています。信じる・信じないだけでは終わらない、オカルトの奥深さと面白さをお届けします。


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