
ひきこさんとは?|口裂け女との関係と「森妃姫子」の設定が生まれた経緯
雨の日に現れ、子どもを引きずって連れ去る長身の女――ひきこさんは、2000年代のインターネットから広まった都市伝説として知られている。口裂け女やテケテケほど古い歴史はないが、その誕生はわずか数日の間に、二つの書き込みによって形づくられたとされる。怪談がどのように付け足され、現在の姿になったのかを、起源を追いながら整理してみたい。
2001年7月24日、最初の書き込み
『日本現代怪異事典』などの著者である朝里樹氏の記事によると、ひきこさんの最初の書き込みは、2001年7月24日、「Alpha-web こわい話」というWEBサイトに投稿されたものだという。掲示板ではなく、怪談を募るサイトへの投稿だった点が特徴だ。内容は体験談風で、小学生のAが雨の日の川辺で、子どもの遺体を引きずる髪の長い女を目撃する。女は異様に背が高く、目と口が横に裂けている。翌日、Aは友人に話すが信じてもらえず、やがて女が校門に現れる。4人は別々に逃げたが、翌朝、友人のひとりが「女がAを引きずって去るのを見た」と語る、という筋立てだ。この段階では、ひきこさんは言葉にならない叫びを上げる巨体の怪物で、名前は「引きずり殺す」ことに由来すると考えられている。ただし、この投稿が実際の体験談なのか創作なのかは、確認できていない。
わずか2日後、「森妃姫子」の物語が加わる
転機は、その2日後の7月26日に訪れる。同じサイトに、ひきこさんが人間だった頃の物語が投稿された。それが「森妃姫子(もりひきこ)」という少女の話だ。いじめと家庭での虐待に苦しみ、顔に傷を負って不登校になり、長い年月の末に怪物と化す。傷を隠すため雨の日だけ外出し、「私の顔は醜いか」と叫んで子どもを追うようになった、というものだ。朝里氏は、この投稿は最初の話とは別の人物によるものだった可能性が高いとみている。つまり、ひきこさんは別々の書き手による二つの話が結びついて、現在のような像になったことになる。ただし、誰がいつ二つの話をまとめたのか、具体的な経緯は確認した資料の範囲では分からなかった。
淘汰された設定と、残った設定
「Alpha-web こわい話」には、ほかにも後付けの設定があったという。兄弟がいる、口から奇妙な液体を吐く、インターホンを鳴らして殺しに来たと告げる、といったものだ。しかしこれらは次第に忘れ去られ、多くのサイトで語られ続けたのは「森妃姫子」の過去のほうだった。複数の都市伝説サイトで紹介されるうちに、人間時代の物語がセットで語られるのが当たり前になっていったとされる。噂は、広まる過程で受け入れられやすい設定だけが残っていくのである。
口裂け女との「対」になった台詞
朝里氏は、ひきこさんの台詞「私の顔は醜いか」が、口裂け女の「わたし、きれい?」と対になっていると指摘している。口裂け女は1979年ごろに全国で噂になった怪異であり、目や口が裂けているという共通点もある。名前についても、「ひきこもり」から連想されたのではないかという見方が示されている。もっともこれは同氏の考察であり、定説というわけではない。ひきこさんが、先行する都市伝説を踏まえて組み立てられた可能性を示す指摘といえる。
時代の空気と、ネットの外への広がり
同じ記事は、背景として2000年前後の社会の空気にも触れている。2000年1月には新潟少女監禁事件が発覚し、同年5月には西鉄バスジャック事件が起きた。いずれも直接の動機はひきこもりではなかったにもかかわらず、報道を通じて「ひきこもりは危険だ」という偏見が広がったという。ひきこさんの過去設定はこうした時代の空気を映している、というのが同氏の読み方だ。ただし、これは起源を示すものではなく、時代背景についての解釈である。ひきこさんの噂は2003年にテレビ番組で取り上げられ、ネットの外にも広まったとされる。その後、2008年にはOVA『都市伝説物語 ひきこ』が発売され、2014年には映画『ひ・き・こ 降臨』が公開された。なお、確認した資料の範囲では、特定の実在の事件がひきこさんの由来だとする記述は見当たらなかった。
語られる対処法
森妃姫子版では、ひきこさんにはいくつかの対処法が語られている。「きれいだ」と答えれば気に入られる、「醜い」と答えると怒って引きずろうとする、「ひっぱるぞ!」と叫べば怯む、鏡を見せると逃げる、といったものだ。いじめられている人や、かつていじめていた子と同じ名前の人は襲わないという設定もある。これらがいつ、どのサイトで付け足されたのかは、確認できていない。
オカルト研究室室長の考察
ひきこさんの面白さは、怪物の恐ろしさよりも、誕生の速さにある。最初の怪談が書き込まれてからわずか2日で、無差別に子どもを襲う怪物が「傷つけられた末に怪物にされた存在」へと姿を変えた。朝里氏が語るように、ひきこさんは「人間にされてしまった怪物」という読み方もできる。ただし、いじめを受けた側が復讐する物語として楽しむのは避けたい。もしいじめや孤立で悩んでいる人がいるなら、一人で抱え込まず、身近な人や相談窓口に声をかけてほしい。
都市伝説や妖怪、心霊現象、未確認生物、歴史に残る不可思議な出来事を探究するオカルト愛好家。噂をそのまま紹介するだけでなく、伝承が生まれた背景や史実、科学的な説などを調べ、さまざまな角度から考察しています。信じる・信じないだけでは終わらない、オカルトの奥深さと面白さをお届けします。








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