知覧特攻平和会館の屋外展示

特攻隊員と「特攻の母」鳥濱トメの約束―「蛍になって帰ってくる」

戦争にまつわる不思議な話を追う今回のシリーズ、これまで沖縄のガマ戦艦陸奥を取り上げてきたが、今回は少し違った形の物語を紹介したい。鹿児島県知覧、多くの特攻隊員が沖縄への出撃前、最後の時を過ごした地に伝わる、一匹の蛍にまつわる逸話である。

特攻の母、鳥濱トメと富屋食堂

知覧には陸軍の特攻基地があり、出撃を控えた若い隊員たちは、飛行場近くにあった食堂「富屋食堂」に通っていた。この店を営んでいたのが鳥濱トメである。彼女は隊員たちにとって、故郷を遠く離れた地で束の間の安らぎを与えてくれる、母のような存在だった。多くの隊員が、出撃前の最後の夜をこの店で過ごし、トメに家族への思いを語り、時には形見を託していったと伝えられている。

宮川三郎少尉との約束 ― 「蛍になって帰ってくる」

1925年、新潟に生まれた宮川三郎もまた、この富屋食堂に通った隊員の一人だった。1945年6月5日、二十歳の誕生日を迎えた翌日、彼に出撃命令が下る。出撃前夜、トメのもとを訪れた宮川は、「今度は蛍になって戻ってくるよ」と言い残したという。時間まで指定し、「その時間に店の戸を少し開けておいてほしい」「帰ってきたら『同期の桜』を歌ってほしい」と頼んだと伝えられている。

出撃の夜、店に舞い込んだ一匹の蛍

宮川は悪天候の中、沖縄へ向けて出撃し、消息を絶った。その夜、宮川が指定した時刻、ラジオが時報を告げた直後のことだった。わずかに開けられていた店の戸から、一匹の大きな蛍が舞い込んできたという。その場に居合わせた人々は、誰からともなく「宮川少尉が帰ってきた」と感じ、彼と約束した通り「同期の桜」を歌ったと伝えられている。

語り継がれる思い ― 「ホタル」として今も

この出来事は、その後多くの書籍や舞台作品で語り継がれ、知覧を象徴する逸話の一つとなった。単なる怪異譚としてではなく、遠い戦地で命を落とした若者たちと、彼らを見送った人々の間に結ばれた深い絆の物語として、今も多くの人の胸を打っている。

オカルト研究室室長の考察

科学的に説明しようとすれば、季節外れの蛍が偶然店に迷い込んだだけ、と片付けることもできるだろう。しかし、あの夜その場にいた人々にとって、それは間違いなく、約束を果たしに帰ってきた宮川少尉その人だったのだと思う。二十歳という若さで還らぬ人となった彼らの思いに、これからも静かに向き合っていきたい。

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