
アポロ月面着陸陰謀論を検証|5つの「証拠」は科学的に説明できる
1969年、人類は本当に月に降り立ったのか――半世紀以上を経た今も根強く語られる「アポロ月面着陸陰謀論」は、着陸そのものがスタジオで撮影された捏造だったと主張する。今回はこの陰謀論の中身を一つずつ検証してみたい。
陰謀論の出発点――1976年の一冊の本
この陰謀論の起点とされるのが、1976年に元ロケットダイン社の技術文書管理者ビル・ケイジングが自費出版した書籍だ。冷戦下でソ連との宇宙開発競争に勝つため、NASAが技術的に不可能だった月面着陸を演出したという主張が展開され、以後の陰謀論の”原典”として繰り返し引用されることになった。
「証拠」とされる5つの疑問点
陰謀論者が根拠として挙げる代表的な論点は、①真空のはずなのに星条旗がはためいて見える、②写真に星が全く写っていない、③影の向きがバラバラで複数の光源があるように見える、④生物にとって致死的とされるヴァン・アレン帯を人体が通過できたはずがない、⑤着陸船のエンジン噴射の痕跡が地面に見当たらない、といったものだ。
一つずつ検証する――科学的な反証
これらの疑問には、いずれも科学的な説明がつけられている。旗は水平のポールで広げて設置されており、真空下では空気抵抗による減衰がないため、立てた際の揺れが長く残って見えただけで、静止後は動いていない。星が写らないのは、太陽光を浴びて地球の日中並みに明るい月面や白い宇宙服に露出を合わせたためで、地上で夜景を明るく撮影すると星が写らないのと同じ光学的な現象だ。影の向きのばらつきは、起伏のある地形と広角レンズによる遠近効果で説明できる。ヴァン・アレン帯の通過は往復合計で約1時間程度にすぎず、実測された被曝線量は致死量には遠く及ばない。噴射痕についても、月の重力は地球の6分の1で着陸直前には推力を絞っており、真空中では噴射ガスが大気中のように広がらないため、クレーターのような痕跡は生じないという。
今も応答し続ける「反射鏡」という動かぬ証拠
もっとも説得力のある物的証拠の一つが、アポロ11号・14号・15号が月面に設置した反射鏡だ。これは地球から照射したレーザー光を正確に跳ね返す装置で、設置から50年以上経った現在も世界各地の天文台から照射されるレーザーに応答し続け、地球と月の距離を測定する実験に使われている。捏造であれば、こうした装置を月面に置くこと自体が不可能だ。
月の石、そして衛星画像
アポロ計画では約382kgの月の石が持ち帰られ、旧ソ連を含む世界各国の独立した研究機関によって分析されている。水を含まない組成や太陽風由来の希ガス同位体など、当時の技術では再現不可能な特徴が確認されているという。さらに2009年に打ち上げられたNASAの月周回衛星は、全ての着陸地点で着陸船の影や宇宙飛行士の足跡を撮影しており、視覚的な裏付けも得られている。加えて、当時のソ連は宇宙開発競争の当事者として着陸を監視していたが、捏造を指摘する発表は一切なかったという政治的な状況証拠もある。
なぜこの陰謀論は広まったのか
この説が広まった背景には、1970年代前半のアメリカがベトナム戦争の泥沼化やウォーターゲート事件によって、政府の公式発表への不信感が高まっていた時代状況があるとされる。日本では2000年代以降、インターネットの普及とともにオカルトサイトやSNSを通じて再拡散した傾向が強いという。
オカルト研究室室長の考察
半世紀にわたり検証され尽くしてもなお語り継がれるのは、政府や巨大組織への不信という感情が、科学的な決着とは別の次元で人々の心をつかみ続けているからなのかもしれない。真偽そのものは決着済みだが、なぜこの物語が今も語られ続けるのかという問いは、それ自体興味深いテーマだと言えるだろう。
都市伝説や妖怪、心霊現象、未確認生物、歴史に残る不可思議な出来事を探究するオカルト愛好家。噂をそのまま紹介するだけでなく、伝承が生まれた背景や史実、科学的な説などを調べ、さまざまな角度から考察しています。信じる・信じないだけでは終わらない、オカルトの奥深さと面白さをお届けします。









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