
前世を記憶する子どもたち― 勝五郎とスティーヴンソン博士の記録
2歳から6歳ほどの幼い子どもが、ある日突然「自分には前の人生があった」と語り出す――こうした報告は、実は日本にも古くから記録が残っており、20世紀にはアメリカの大学によって半世紀にもわたる科学的な調査が行われている。今回はこの「前世を記憶する子どもたち」をめぐる、実在の記録と研究について紹介したい。
江戸時代の実例「勝五郎再生記聞」
1822年(文政5年)、武蔵国多摩郡中野村(現在の東京都八王子市)に住む小谷田勝五郎という当時7歳の少年が、ある夜突然、家族に自分の前世について語り始めたと伝えられている。勝五郎いわく、自分の前世は程久保村に住んでいた須崎藤蔵という子どもで、6歳のときに疱瘡(天然痘)で命を落としたのだという。驚くべきことに、勝五郎はまだ行ったこともないはずの程久保村について、実際に足を運ばなければ知り得ないような具体的な話を語ったとされ、この一件は「ほどくぼ小僧」として大きな評判となり、やがて江戸にまで知れ渡った。
国学者・平田篤胤が残した記録
この噂を聞きつけた国学者の平田篤胤は1823年、勝五郎を自邸に招いて詳しい聞き取りを行い、その内容を『勝五郎再生記聞』としてまとめた。勝五郎は後に平田の門下に入り、国学を学んだとも伝えられている。この記録はのちに、日本文化を海外へ紹介したことで知られる小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)によって英訳され、勝五郎の物語は海を越えて世界に知られることとなった。
半世紀にわたる科学的検証、イアン・スティーヴンソン博士の研究
この勝五郎の記録に着想を得た一人が、バージニア大学医学部で精神科の教授を務めたイアン・スティーヴンソン博士だった。博士は1960年に発表した論文をきっかけに、前世の記憶を持つとされる子どもたちの事例を、50年近くにわたって世界各地で調査し続けた。その結果、バージニア大学には世界40カ国以上から集められた2,600件を超える事例が保管されているという。
博士の研究姿勢は極めて慎重だったとされる。証言を単純に信じるのではなく、記憶の内容が前世とされる人物の関係者しか知り得ない事実と一致するか、前世の人物の持ち物を正しく識別できるか、複数の成人による裏付け証言があるかなど、複数の検証基準を設けて調査を行った。さらに、作り話である可能性、偶然の一致である可能性、超感覚的知覚(ESP)による説明、憑依による説明など、少なくとも8つの代替的な解釈を一つずつ検討した上で、それでも説明のつかない事例が一定数残ることを報告している。博士の死後は、後継者であるジム・タッカー博士がこの研究を引き継いでいる。
世界の事例に共通するパターン
スティーヴンソン博士らが集めた事例には、いくつかの共通する特徴があるとされる。子どもが前世について語り始めるのは多くの場合2歳から6歳ごろで、成長するにつれてその記憶は次第に薄れ、7歳前後で語らなくなることが多いという。語られる前世は、事故や病気による突然の死であるケースが目立ち、中には自分の体にあるあざや身体的特徴が、前世で負ったとされる傷の位置と一致していたと報告される事例もあるとされる。もっとも、これらはあくまで報告された証言に基づくものであり、科学的に確定した結論ではないことには留意が必要だろう。
オカルト研究室室長の考察
江戸時代の一人の少年の証言が、200年近い時を経てアメリカの大学での本格的な学術調査につながったという事実は、それ自体が一つの数奇な巡り合わせと言えるかもしれない。生まれ変わりの真偽を軽々しく断定することはできないが、幼い子どもたちが語る「前の人生」の記憶に、大人たちが半世紀以上も真摯に向き合い続けてきたという事実そのものに、この話の一番の面白さがあるのかもしれない。









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