
メリーさんの電話―近づいてくる恐怖の正体とは
「わたし、メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの」――捨てられた人形から、少女のもとへ電話がかかってくる。電話の主は少しずつ距離を縮めながら再び電話をかけてきて、最後には「わたし、今あなたの後ろにいるの」と告げる。日本の学校怪談の定番として長く語り継がれてきた「メリーさんの電話」。今回はこの物語の成り立ちと、恐怖の仕組みについて紹介したい。
物語のあらすじ――近づいてくる電話
物語の基本形はこうだ。少女が「メリー」という名の西洋人形を持っていたが、成長して不要になり、捨ててしまう。すると夜、電話が鳴る。「わたし、メリーさん。今、〇〇にいるの」という声。電話を切ってもまた鳴り、告げられる場所は毎回、少女の家に少しずつ近づいてくる。ゴミ捨て場から、家の近くの店の前へ、そして家の前へ――。最後の一本の電話で、メリーさんはこう告げる。「わたし、今あなたの後ろにいるの」。この後、少女が振り返る場面で物語は終わるのが定番だが、実際には迷子になって辿り着けなかったり、オートロックに阻まれたりする脱力系の結末も語り継がれており、語り手によって細部が変化する自由度の高い物語でもある。
起源は「リカちゃん電話」だった?
この物語がいつから語られ始めたのかは定かではないが、民俗学者・常光徹氏の著書『学校の怪談』(1990年)に採録されたことで、全国的に広く知られるようになったとされている。口承としては1970年代の子どもたちの間ですでに広まっていたとも言われ、その起源としてよく挙げられるのが、玩具メーカーが1968年に始めた「リカちゃん電話」というサービスだ。電話をかけると人形のリカちゃんを名乗る声が応答するというこの実在のサービスが、当時電話という技術自体に馴染みの薄かった子どもたちに強い印象を残し、やがて「人形から電話がかかってくる」という噂へと変化していったのではないか、というのが有力な説だ。商標の関係からか、語り継がれる過程で名前が「メリーさん」という架空の名前に置き換わっていったと考えられている。
なぜ「電話」という手段が恐ろしいのか
この物語が長く恐れられてきた背景には、発信者番号が表示されない当時の固定電話ならではの事情もあったと考えられる。誰から、どこからかかってきたのかが分からないという匿名性こそが、この物語の恐怖の核だったというわけだ。さらに、一度きりの驚かしではなく、電話が来るたびに距離が確実に縮まっていくという「カウントダウン形式」の構成も、恐怖が本物かどうかという疑いの余地を消し去り、じわじわと追い詰められる緊張感を生み出していると分析されている。
映画化もされた人気の都市伝説
メリーさんの電話は、口裂け女やトイレの花子さんと並ぶ日本の代表的な学校怪談として、漫画やアニメでも度々パロディ・引用されてきた。2011年には実写映画『メリーさんの電話』も公開され、山中の合宿所を舞台にした女子高生たちの恐怖体験として描かれている。スマートフォンが普及し発信者番号も表示される現代では、当時ほどの生々しい恐怖は薄れつつあるが、それでも多くの創作作品に登場し続けているのは、この物語の構成そのものが持つ普遍的な強さの表れだろう。
海外にも存在する「じわじわ迫る」物語の型
興味深いことに、「捨てられた・怒らせた存在が段階的に迫ってくる」という物語の構造自体は、日本だけのものではないようだ。スペインには、盗んだ指輪を取り返しにやってくる骸骨の手を描いた「エル・アニージョ」という怪談が伝わっており、イギリスにも同様の追跡型の怪談が存在するとされる。アメリカでも、ベビーシッター中の少女にかかってくる不審な電話が、実は家の中からかけられていたと判明する「Man Upstairs」という有名な都市伝説があり、電話という匿名性の高いメディアが恐怖の演出装置として国境を越えて使われてきたことがうかがえる。
オカルト研究室室長の考察
捨てられた人形が持ち主のもとへ帰ってくるという構図は、罪悪感を擬人化したような、どこか子どもらしい寓話としての側面も持っている。技術が変わり、発信者番号も居場所も簡単に分かる時代になった今だからこそ、正体の見えない電話の声に怯えていたあの頃の純粋な恐怖が、かえって懐かしく感じられるのかもしれない。








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