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サンシャイン60

池袋サンシャイン60の都市伝説 ― 13階段の謎と巣鴨プリズンの真実

池袋のランドマークとして誰もが知る超高層ビル「サンシャイン60」。買い物客や観光客で賑わうこのビルが、実は太平洋戦争後にA級戦犯が処刑された「巣鴨プリズン」の跡地に建っているという事実をご存じだろうか。今回は、この場所が抱える重い歴史と、そこから生まれた数々の都市伝説・心霊現象について検証してみたい。

巣鴨プリズンの歴史 ― 東条英機ら7人が処刑された場所

この地には1895年、警視庁の監獄として巣鴨支署が開設されたのが始まりで、その後「巣鴨監獄」「巣鴨刑務所」と名を変え、1937年には東京拘置所として運用されていた。しかし敗戦後の1945年、GHQによって接収され「スガモプリズン」と呼ばれる連合国軍の収容施設となる。ここには数多くの戦争犯罪容疑者が収容され、BC級戦犯53名が処刑されたほか、1948年12月23日には、極東国際軍事裁判で死刑判決を受けた東条英機元首相をはじめとするA級戦犯7名の絞首刑が執行された。1971年に東京拘置所の機能が葛飾区小菅へ移転すると、跡地の再開発が進められ、1978年にサンシャイン60が完成、翌1979年には公園としても整備された。

なぜ「60」なのか ― 都市伝説と偶然の一致

サンシャイン60をめぐる都市伝説として特に有名なのが、「処刑された人数と、ビルの階数の60が一致しているのではないか」というものだ。しかし、サンシャインシティの設立に関わった実業家・堤清二氏は、この一致について問われた際に「それは偶然です」と答えている。ビル名の「60」は、あくまで地上60階建てという建築上の数字に由来するというのが実際のところだ。

「13階段」が不吉とされる本当の理由

学校や公園、古いアパートなど、日本各地で語られる「13階段」の怪談。実はこの都市伝説の発端も、巣鴨プリズンにあるとされている。戦後の刑場では、複数人を同時に処刑できるよう設計された絞首台があり、その階段が13段だったと伝えられている。この史実がもとになり、「13階段=不吉なもの」という都市伝説が全国に広まっていったと考えられているのだ。

サンシャイン60・地下に伝わる心霊現象

こうした重い歴史を背景に、サンシャイン60では現在も数々の心霊現象が語り継がれている。地下の駐車場や通路では、兵士のような足音や話し声が聞こえるという報告があり、霊感のない人でも重苦しい空気を感じたり、頭痛やめまいを覚えたりするという体験談も多い。館内のアトラクション施設で、幼い女の子の霊のようなものを目撃したという証言や、長く働くスタッフが理由もなく肩に重みを感じるようになったといった話も伝えられている。もちろんこれらはあくまで噂の域を出ないものだが、これほど多くの体験談が集まる背景には、この土地が歩んできた歴史があるのだろう。

平和の碑 ― 静かに残る記憶

サンシャイン60に隣接する東池袋中央公園には、跡地の扱いをめぐる議論の末、1980年に「永久平和を願って」と刻まれた慰霊碑が建立されている。買い物客で賑わうサンシャインシティのすぐそばに、静かにこの土地の記憶を伝える碑があることを知る人は、決して多くはないかもしれない。

オカルト研究室室長の考察

華やかな繁華街の地下に、戦後日本の重い歴史が眠っている。サンシャイン60にまつわる怪談の数々は、単なる娯楽としての怖い話であると同時に、この場所で命を落とした人々の記憶を、今に伝える役割を果たしているのかもしれない。池袋を訪れた際は、賑わいの足元にどんな歴史が眠っているか、少しだけ想像を巡らせてみるのもいいだろう。

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