
幽霊タクシー ― 東日本大震災後、石巻の運転手たちが語った不思議な乗客
深夜のタクシーに、季節外れの装いをした乗客が乗り込んでくる。行き先を告げ、しばらくして運転手がふと後部座席を振り返ると、そこには誰もいない——。東日本大震災から数年後、被災地・宮城県石巻市で、複数のタクシー運転手たちがこうした体験を語っていたことが、ある大学生の卒業論文をきっかけに広く知られるようになった。今回は、この「幽霊タクシー」と呼ばれる現象について、その調査内容と背景を紹介したい。
大学生が1年かけて行った聞き取り調査
この現象を調べ上げたのは、東北学院大学4年生だった工藤優花さんである。指導教授である金菱清氏(災害社会学)のもとで、工藤さんは約1年をかけて、JR石巻駅前で客待ちをするタクシー運転手100人以上に聞き取り調査を行った。その内容は、卒業論文「死者たちが通う街—タクシードライバーの幽霊現象」としてまとめられている。
「私、死んだのでしょうか」― 冬のコートの女性
調査で明らかになった証言の一つに、56歳の男性運転手のエピソードがある。深夜、石巻駅で客待ちをしていたところ、真冬のコートを着た30代くらいの女性が乗り込んできて「南浜まで」と告げた。津波で大きな被害を受け、当時ほぼ更地になっていた地域である。運転手が「その格好で暑くないですか」と尋ねると、女性は震える声で「私、死んだのでしょうか」と答えたという。驚いた運転手がミラー越しに後部座席を確認すると、そこには誰の姿もなかった。
真夏に現れた、冬服の少女
別の運転手は、真夏の深夜に、コートとマフラーという真冬の装いをした小学生ほどの少女を乗せたと証言している。目的地に着き、少女は「おじちゃん、ありがとう」と言い残して降りていったが、次の瞬間にはその姿は消えていた。運転手は、その手に触れた感触だけがはっきりと残っていたと語っている。
100人中7人 ― 運転手たちの共通した態度
聞き取りを行った100人以上の運転手のうち、こうした不思議な体験を語ったのは7人だった。興味深いのは、証言した運転手たちが一様に、こうした乗客に対して特別な恐怖を示さなかったという点である。多くの運転手は、季節外れの服装をした乗客であっても、普通の客と同じように丁寧に接したと語っており、中には「幽霊」という言葉を好まず、「亡くなられた方」「魂」といった表現を選んで使う運転手もいたという。
「あいまいな死」と向き合う被災地
指導教授の金菱氏は、この現象の本質を「幽霊を見ることそのものより、死者とどう向き合うかを考えるためのもの」だと説明している。石巻市だけで3,277人が犠牲となり、428人が行方不明のままとなった東日本大震災では、遺体が見つからないケースも多く、遺族にとって「死」がはっきりとした形をもたないまま残されることが少なくなかった。金菱氏はこうした状態を「あいまいな死」と呼び、タクシー運転手たちの体験は、その受け止めがたい喪失と向き合うための、一つの語り方だったのではないかと指摘している。
オカルト研究室室長の考察
この話は、恐怖をあおるための怪談ではない。大切な人を突然、しかも別れの言葉すら交わせないまま失った人々にとって、「もう一度会いに来てくれた」と感じられる体験は、恐ろしいものというより、むしろ救いに近いものだったのかもしれない。運転手たちが不払いの運賃を誰にも請求せず、静かにその乗客を見送っていたという事実にこそ、この話の本当の意味が込められているように思う。









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