
東尋坊にまつわる怖い話と、800人を救った男
福井県坂井市三国町、日本海に面して切り立つ高さ25メートルの断崖「東尋坊」。柱状節理と呼ばれる岩の造形が生み出す景観は国の天然記念物にも指定される一方、この地には悪僧の怨念にまつわる伝説や、今日まで続く自殺防止活動の実話が語り継がれている。今回はこの東尋坊にまつわる怪異と、その背後にある人々の営みを紹介したい。
世界でも珍しい柱状節理の断崖
東尋坊の断崖を形づくっているのは、およそ1200万年から1300万年前の火山活動によって生まれた安山岩の柱状節理だ。マグマが冷え固まる過程で規則正しい柱状の割れ目ができるこの地形は、これほどの規模で見られる場所は世界でも東尋坊を含めて数えるほどしかないとされ、学術的にも大変貴重なものとされている。1935年には国の天然記念物および名勝に指定され、2007年には「日本の地質百選」にも選定された。荒々しい波が打ち寄せる断崖は、地質学的な観点から見ても唯一無二の景観なのである。
悪僧・東尋坊の伝説
この地名の由来には、平安時代末期に実在したとされる一人の僧の物語が関係しているという。かつて勝山市の平泉寺に、怪力無双でありながら酒癖が悪く、寺の中でも手に負えない乱暴者として恐れられていた僧兵がいた。その名を「東尋坊」といったと伝えられている。1182年4月、仲間の僧たちは彼を海辺の断崖へと誘い出し、酒宴を開いて泥酔させたところを見計らい、断崖から日本海へと突き落としたという。
すると、東尋坊が命を落としたとされる命日の前後になると、決まって海が激しく荒れるようになったと伝えられている。一説には、突き落とされた後49日間にわたって海が大時化を続けたことが、この地に「東尋坊」という名がつけられた由来だともいう。突き落とした側の僧までもが、その祟りを恐れて寺を出奔したという伝承も残っており、この地には古くから強い怨念や祟りへの信仰が形づくられてきたことがうかがえる。
「心霊スポット」としての顔
雄大な自然美を誇る観光地としての顔を持つ一方、東尋坊は古くから「自ら命を絶つ場所」としても知られてきた。断崖という地形そのものが持つ独特の吸引力に加え、先述の怨念伝説も相まって、この場所は長年にわたり心霊スポットとしても語られ続けてきた。ただし、この記事ではその点について具体的な描写を避けたい。むしろ紹介したいのは、この場所で20年以上にわたり、一人でも多くの命を救おうと活動を続けてきた人々の存在である。
元警察官が始めた、命を守る見回り活動
東尋坊での自殺防止活動を語る上で欠かせないのが、NPO法人「心に響く文集・編集局」を主宰する茂幸雄氏の存在だ。42年間にわたり警察官を務めた茂氏は、退職前最後の1年間、東尋坊を管轄する三国警察署(現・坂井西警察署)に勤務し、年間20人を超える自殺者が出る現実を目の当たりにしたという。中でも、東京から来ていたカップルの自殺企図者を保護し切れず、後に新潟県で命を落としてしまったという出来事が、茂氏の心に深く残ったと伝えられている。
この経験をきっかけに、茂氏は警察官を退職した2004年4月、NPO法人を設立し、東尋坊での見回り活動を開始した。手荷物がほとんどなく、手土産も持たずに一人で歩いているなど、自殺を考えている人にはいくつかの共通した様子が見られるといい、会員たちはそうした特徴に気を配りながら、断崖を歩く人々に静かに声をかけ続けている。声をかけるだけでなく、相談者が抱える経済的な問題や人間関係の悩みなど、プライベートな事情にまで踏み込み、関係機関や職場、家庭にまで付き添って問題解決を後押しすることもあるという。
半減した自殺者数、800人を超える保護実績
活動開始前の1993年から2003年までの10年間、東尋坊では毎年20人を超える人が命を落とし、合計256人にのぼっていたとされる。しかし見回り活動が始まって以降、この数は大きく減少し、2021年には統計を取り始めて以来初めて一桁となる8人にまで減ったという。活動開始からおよそ20年で、自殺を思いとどまらせ、保護した人の数は800人を超えるとされ、報道によって680人台から870人台までやや幅のある数字が伝えられているものの、いずれにしても長年の地道な活動が数多くの命をつなぎとめてきたことに変わりはない。保護した人々の写真は本人の了承を得た上で記録され、写真集としてもまとめられている。
オカルト研究室室長の考察
東尋坊という地名の裏には、怨念を宿した悪僧の伝説と、現実に多くの命が失われてきた歴史の両方が重なっている。だからこそこの場所は、心霊スポットという言葉だけで語られがちなのかもしれない。しかし取材を通して見えてきたのは、その断崖のすぐそばで、20年以上にわたり黙々と人々に声をかけ続けてきた人々の存在だった。柱状節理の壮大な景観を見に訪れることがあっても、この場所を試し肝試しの対象として消費するのではなく、ここで守られてきた命の重みにも、少しだけ思いを馳せてみてほしい。








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