口裂け女

口裂け女、1979年の大パニックを検証 ― 発祥地・岐阜と諸説入り乱れる正体

マスクをした女性が「私、きれい?」と尋ねてくる。頷けば、マスクを外して「これでも?」と耳元まで裂けた口を見せつけ、否定すればハサミで斬りかかる——。昭和のこどもたちを震え上がらせた「口裂け女」は、インターネットもSNSもなかった時代に、口コミだけで日本列島を席巻した都市伝説である。今回はこの伝説が、どのように生まれ、どこまで社会を揺るがしたのかを検証してみたい。

1978年12月、岐阜で生まれた噂

口裂け女の噂が最初に確認されたのは、1978年12月初旬の岐阜県だとされている。1979年1月26日には地元紙・岐阜日日新聞がこの噂を記事として取り上げ、同年6月29日号の週刊朝日が全国区のメディアとして報じたことで、爆発的に広まっていった。皮肉なことに、噂は1979年8月、夏休みに入り子どもたちの口コミが途絶えたことで急速に沈静化している。SNSはおろかインターネットすら存在しない時代に、わずか半年余りで日本全国の子どもたちを巻き込んだことになる。

「私、きれい?」― 全国に広がった”ご当地版”

基本形は、口元を隠すほどの大きなマスクをした若い女性が「私、きれい?」と話しかけてくるというもの。「きれい」と答えるとマスクを外し、耳元まで裂けた口を見せて「これでも?」と再び問い、「きれいじゃない」と答えると刃物で斬りつけられる、という筋書きだ。

興味深いのは、この噂が地域ごとに独自の変化を遂げていた点である。東京・江戸川区では赤い傘に乗って空を飛ぶとされ、八王子市では着物にサングラス姿、岡山市ではツゲの櫛を持っているなど、土地ごとに細部が異なっていた。対処法として語られたのも様々で、「ポマード」と3回唱える、べっこう飴を渡して気をそらす、建物の2階以上に逃げ込むといった方法が、まことしやかに語り継がれていた。

現実社会を揺るがせたパニック

単なる子ども同士の噂話にとどまらず、口裂け女は現実の社会をも動かした。福島県郡山市や神奈川県平塚市ではパトカーが出動する騒ぎとなり、北海道釧路市や埼玉県新座市では、学校が児童の安全のために集団下校を実施するまでに至っている。

1979年6月21日には、兵庫県姫路市で25歳の女性が、いたずら目的で口裂け女に扮し、実際に包丁を持って徘徊したとして銃刀法違反で逮捕される事件も起きた。噂が現実の犯罪行為にまで発展した、象徴的な一件である。

正体は何だったのか ― 諸説入り乱れる起源

口裂け女の起源については、いくつもの説が語られている。江戸時代の1754年に起きた郡上一揆で処刑された農民の怨念が妖怪化したという説、1990年代に浮上した整形手術の失敗によって心を病んだ女性が正体だとする説、大垣市の座敷牢に閉じ込められていた女性が夜な夜な外に出て口紅を塗っていたことに由来するという説、あるいは多治見市のトンネルを徘徊していた女性の噂が元になったという説まで存在する。

さらに時代を遡り、明治期に滋賀県信楽で、恋人に会うため白装束で峠を越えたという実在の女性「おつや」の逸話がルーツだとする説も伝えられている。

オカルト研究室室長の考察

SNSもスマートフォンもない時代に、子どもたちの口コミだけで全国の警察やパトカーまで動かしてしまった口裂け女の伝説は、情報伝達のスピードという点で、現代のバイラルな噂話にも通じるものがある。むしろ、確認しようのない噂だからこそ、人から人へと膨らみながら伝わっていったのかもしれない。

正体をめぐる諸説が今も入り乱れたままなのは、この都市伝説が単なる作り話ではなく、どこかで実際にあった「誰かの悲しい記憶」を核に持っているからなのだろう。

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