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フリーメイソン陰謀論はどこから来たか

フリーメイソン陰謀論はどこから来たか|200年の陰謀論史を検証する

1ドル紙幣に描かれた「プロビデンスの目」、ワシントンD.C.の街路に隠されているという五芒星、そして数々の政治家や実業家との結びつき――。フリーメイソンは、世界最古にして最大規模の友愛結社でありながら、200年以上にわたって「世界を裏から支配している」という陰謀論の主役であり続けてきた。今回は、実際の組織の姿と、陰謀論がどのように生まれ育っていったのかを、史実に基づいてじっくりと掘り下げてみたい。

フリーメイソンとは何か

中世石工組合から近代結社へ

フリーメイソンの起源は、中世ヨーロッパで大聖堂などの建築に従事した石工の同業組合にあるとされる。17世紀に入ると、実際には石工の仕事をしない名誉会員がロッジに加わるようになり、1717年にはロンドンで世界初の「グランドロッジ」が設立された。これが近代フリーメイソンリー成立の画期とされる。1723年には規約集『アンダーソン憲章』が編纂され、口伝えだった規約が文書として整備された。

位階制度と儀式、そして「中央司令部」の不在

基本組織である「ブルーロッジ」には、見習い・職人・親方石工という3つの基礎位階があり、それぞれの入会儀式は人生の各段階を象徴する寓話劇として説明されている。もっとも重要な事実として、フリーメイソンには全世界のロッジを統括する単一の中央機関は存在しない。各国・各州のグランドロッジはそれぞれ独立した組織であり、互いを承認するかどうかも個別に判断する緩やかな関係にすぎない。世界の推定会員数は約600万人とされるが、近年は減少傾向が続いており、北米だけでも過去15年で半数以上減っている。標語は「兄弟愛・扶助・真実」で、現在では地域社会への慈善活動が主な活動の柱となっている。

建国の父たちとフリーメイソン――史実と誇張

ジョージ・ワシントンやベンジャミン・フランクリンが実際にフリーメイソン会員であったことは、ロッジの記録によって確認されている史実だ。しかし「アメリカ建国はフリーメイソンの計画だった」という主張はしばしば誇張されている。独立宣言の署名者56人のうちフリーメイソンと確認されているのは約9人、合衆国憲法の署名者39人のうち約13人にとどまる。トーマス・ジェファーソンやジョン・アダムズに至っては、会員であった記録が確認されていない。つまり「一部の著名な建国者がメイソンだった」ことは事実だが、「建国そのものが秘密結社の陰謀だった」というのは史料の裏付けを欠く伝説だと言える。

陰謀論はいつ、どう生まれたのか

「フリーメイソンが世界を操っている」という陰謀論の直接の起点は、18世紀末のフランス革命後にさかのぼる。フランスの元聖職者オーギュスタン・バリュエルは、亡命先のイギリスで著書を刊行し、革命はフリーメイソンと「バイエルン啓明結社(イルミナティ)」による、教会と君主制を打倒するための組織的な陰謀だったと主張した。イルミナティは1776年にドイツで設立された実在の結社だが、1785年には当局によって非合法化され、事実上消滅している。それにもかかわらず「地下組織として現在も存続し、世界を操っている」という説が根強く語られ続けているが、これを裏付ける証拠は存在しない。もともと別の組織であったフリーメイソンとイルミナティは、この時代の反革命プロパガンダの中で結び付けられ、以後の陰謀論では同一視されるようになっていった。

象徴に隠された「証拠」を検証する

陰謀論でしばしば「証拠」として引用されるのが、1ドル紙幣裏面のピラミッドと「プロビデンスの目」だ。しかしこの目がフリーメイソンの図像として文献に初めて登場するのは1797年で、合衆国の国璽にこのデザインが採用された1782年より15年も後にあたる。時系列だけを見ても、フリーメイソンが国璽に仕込んだとする主張は成り立たない。もう一つの有名な噂が、「ワシントンD.C.の街路はフリーメイソンの設計者によって悪魔的な五芒星を描くよう仕込まれた」というものだ。だが五芒星がオカルト的な意味を持つとされるようになったのは19世紀以降のことで、当時の設計にその意図があったとは考えにくく、実際の街路も正確な五芒星の形をしていない。

カトリック教会との対立、そして最も危険な結合

フリーメイソンに対するカトリック教会の公式な禁止は史実として古く、1738年の教皇クレメンス12世による回勅を皮切りに、複数の教皇が公式に非難してきた。ただしその理由は「啓示宗教を否定する自然主義的な思想」という教義上の相容れなさであり、「世界征服の陰謀」を問題視したものではない。一方で、これとは全く異質な形でフリーメイソンと結び付けられ、深刻な実害をもたらした言説もある。1903年にロシアで作られた文書『シオン賢者の議定書』は、フリーメイソンとユダヤ人が結託して世界支配を企てているとする、完全な捏造文書だ。この文書はのちにナチス・ドイツによってホロコーストを正当化するプロパガンダとして利用された、歴史上重大な害悪をもたらした偽情報であり、興味本位で紹介すべき類の話では決してない。

なぜ陰謀論は繰り返し語られるのか

心理学の研究では、陰謀論への傾倒には「複雑な出来事を理解したいという欲求」「不安な状況で統制感を取り戻したいという欲求」「自分たちの集団を正当化したいという欲求」という3つの動機が関わっているとされる。興味深いのは、陰謀論を信じることが実際にはこうした欲求を満たさず、むしろ社会への不信感を高めてしまうという逆説的な研究結果があることだ。革命や戦争、経済危機といった複雑で理解しがたい出来事を、単純で人格化された「悪の黒幕」のせいにしたいという、人間に普遍的な心理が、この種の陰謀論が時代を超えて繰り返し語られる原動力になっているのかもしれない。

日本のフリーメイソン

日本では1866年に横浜で最初のロッジが設立されたが、戦前は「日本人を入会させない」という日本政府との取り決めのもとで外国人会員のみの組織だった。1950年に初の日本人会員が誕生し、翌年には元首相の鳩山一郎が入会したことが記録されている。現在の国内会員数は1,000人台とされ、世界的に見ればごく小規模な存在にとどまっている。

オカルト研究室室長の考察

フリーメイソンをめぐる陰謀論の面白さは、その「証拠」とされるものを一つひとつ史実に照らしていくと、多くが時系列の矛盾や後付けの解釈で成り立っていることが見えてくる点にある。かといって、この結社が歴史上の名だたる人物を会員に持ち、独自の儀式と象徴の体系を育んできたこと自体は紛れもない事実だ。世界を裏から操る秘密組織という物語は、複雑な世界を単純に理解したいという私たち自身の欲求が生み出した、もう一つの「儀式」なのかもしれない。

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